|
緑区徳重でうろうろしています。
あじーるHP→http://www.samurai-massage.com/
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
4月4日のみどりさくら祭り
http://mixi.jp/view_event.pl?id=50954003 チラシできたー☆ Rシードの店員さんが作ってくれました。 本当にいいできばえ♪ いやーすげーな、手の技・・・ 祭りのチームの仲間も来るみたいで楽しみデス。 雨にならなきゃいいけどなぁ・・・
えー、緑区研究家のよっしーです。
昔会社で怖い先輩が「ぐぐって」(googleで調べて) のことを「ぐるぐるして」っていってて心の中で微笑んだ記憶があります。 ま、そんな話は置いといて、本題へ。 以前から乗鞍と常安ってかぶってるなーと思ってて。 乗鞍を「じょうあん」って呼ぶときもあるし 地名は乗鞍だけなのに「常安コミセン」や「常安小学校」があったり。 なんか隠れとる・・・と思って調べてみますた。 で、まずはぐるぐるマップを見てると・・・ 神沢 乗鞍 ほら貝 鳴丘 篠の風 神の倉 熊野前 なんか、このあたり神様系、戦系の地名が多いような。 東のほうは「~が丘」「~台」とか山の地名、 「六田」、「倉坂」とか完全に町の名前だもんな。。。 (ちなみに鳴海は以前星崎のあたりまで海だったことによるものだと思われる) うむむ、この辺で戦があったのかな?? と思って調べ始めたのですが。 区役所で聞いてみると 常安というのは常に安心でありますようにという意味でつけられたみたいですよ。 それが江戸の頃で、江戸末期に乗鞍になったんですよ~。 というお話でした。 「じゃ、江戸以前は??」と伺うと 「わかりません」 と言う答えでした。 でも「乗鞍のほうが周りの地名とあってない??」と 「なんか、ほかのは神様とかなのに、常安ひとつだけ人間っぽい・・・」 「いや、ぜってー乗鞍が最初だぜ・・・」 もやもやした気持ちを引きずったまま、 いろいろと調べていくと やっぱり江戸時代以降の文献しかない。 過去はなかなか出てこない~。 でも「わからない」ということは 最初はもやもやとしていたのですが、 自由に考える余地があるということでしょう。 考古学だって、最初は何もわからないところから入るのだし。 わかる人がいなければ自分で作ってしまえホトトギス という考えに変わっていきました。 ちょっと中沢新一のアースダイバーみたい(笑) んで、出てきたこれ。 http://www.mikumano.net/zaiti/nagoya2.html 蒙古襲来のときの文献から熊野前だったらしい。 ということは桶狭間なんかよりももっと古い由来なのだ~。 で、扇川を見ていくと鳴海から熊野神社まで上がってこれる 川を上って祭礼をして、扇を川に落として祈ったそうな。(扇川の由来) ちなみに熊は山の生態系のトップで 広く世界の神話で山の神の象徴として使われます。 そして、それは山が生む水(川)もつかさどります。 そして、もう一本は神沢、滝の水へ。 ここが鳴海の町の水を運ぶ源泉だったんだろうな。 水の源泉、神沢、神の倉から 鳴海の民に扇川を通じて、神の恵みの水を運んだ。 ということだな。 西の海沿いの東海道沿いの栄えた町、鳴海町 そして東の山奥に熊野の権現有り。 そこは山ノ神、水の神、戦神の住む地。 結構熱いところにすんでるな~。 人間っぽい鳴海のほうよりはぜんぜんうれしいww (鳴海に住んでる人すいません・・・) ということで「もともとは乗鞍だった!!」に決定。 常安は文明人が後でつけたと思われます。 まるで岡本太郎の太陽の塔のきらきら光る文明人の顔みたい。 ちなみに桶狭間も調べてみましたが どちらの進軍ルートにもかからないからあんま関係ないみたい。 http://www.city.toyoake.lg.jp/shogaku/bunkazai/okehazama_top.htm ということは、戦国時代以前の元寇とかがあった以前からの 神の住む地なのだなwww 熱い~!! ちょっとアースダイバーな1時間でした。 次に調べるのは水平線に月があると大きくなるのはなぜかだな~。 |
カレンダー
カテゴリー
最新記事
最新トラックバック
ブログ内検索
アクセス解析
|
